2010年10月26日

怒ってます

『冷蔵庫に入れておいたプリンが無い』という問題は、しばしば我々を苦しめる。
大抵の場合、犯人は同じ屋根の下で暮らす家族や同居人である。感情的になりそうな自分を押し殺し、冷静に問い詰めると、彼らは大して悪びれる様子もなくこう言うのだ。

「ごめんごめん、明日同じの買ってくればいいんでしょ」

違う。断じて違う。
問題はそこではない。私はプリンが無くなっているから怒っているのではない。プリンを食べたい時に食べられないことに怒っているのだ。

冷蔵庫の中にプリンがある。その事実は我々の心を安らぎへと導く。プリンの運命は我が手中にある。その気になれば今すぐにでも食べることができるし、大事にとっておくこともできる。時にはうっかりプリンの存在を忘れ、賞味期限を切らしてしまうのもいいだろう。何をしても許される。何にも縛られることはない。プリンに対して絶対の権力を得ることができるのだ。これが幸福でなくて何か。

当然ながらプリンは食べ物である。冷蔵庫の中のプリンとの駆け引きは楽しい。しかし、プリンは食べるものなのだ。プリンは食べるという行為をもって最大限の幸福が味わえるのだ。
さあ、時は満ちた。プリンを食べようではないか。
風呂上り、仕事帰り、寝る前、寝起き、食後、昼下がり、タイミングは十人十色。人それぞれ。
しかし、我々が冷蔵庫という名の希望への扉を開く時――それは、我々が最もプリンを食べたい瞬間である

『そこにあるはずのものが無い』という事態は何にしても嫌なものだ。
後日同じ物を返してもらっても済む話ではない。それが必要な時に無いのが問題なのだから。プリンは食べたい時に食べるから美味しいのだから。
犯人は被害者の精神的苦痛の分まで償って然るべきだ。
そもそも、他人の所有物に無断で手を出すのは立派な窃盗である。
人が人らしく在る為には、他人のプリンを勝手に食べてはいけない、と私は思うのだよ。
posted by 涼秋 at 04:25| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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